子どもの頃、相撲が大好きだった。NHK以外の放送を見ることを許されなかった少年時代に、唯一の楽しみだったのが大相撲のテレビ放送だった。
ものごころついた頃、横綱は曙と貴乃花だった。あの豪快な相撲に魅せられて大の魁皇ファンだった少年時代のぼくは、三代目若乃花や武蔵丸が横綱昇進を決めたことよりも、96年九州場所と97年春場所の魁皇が優勝決定戦に出たことの方が嬉しかった。あの頃には、貴乃花がいて若乃花がいて曙がいて武蔵丸がいて貴ノ浪がいて、栃東・千代大海・魁皇・武双山がいて、それはそれはいい時代だった。
朝青龍が彗星の様に現れた頃から時代は変わる。朝青龍の無双時代が白鵬の登場により終わりかけ、これから楽しくなってくるぞ、という頃には、相撲人気に陰りが出始め、満員御礼の垂れ幕が下がらない日が出てくる。そして、相撲界は八百長問題、体罰問題、野球賭博問題、暴力団問題でボロボロになり、朝青龍は引退、琴光喜は解雇、本場所開催さえされなくなってしまう事態にも陥り、魁皇は今年、引退してしまった。俺の知っていた「古き良き大相撲」は死んでしまった!!!
ぼくは、「死んだ」と言われるインターネットの海で「古き良き」インターネットを見つけ、憧れ、羨ましく思った - opitziuのブログ
これを書いてから2週間。アルコールの力を借りて、一気に書き上げて自己満足に浸っていた。そしたら、あれよあれよとブクマが付いて、最後にはシロクマ先生からアツいお返事まで頂いて、インターネットの良い部分は健在だなぁ…と感動していた。
すぐにそれに応答するブログを書こうと思ったけど、opitziuのブログのトップページブクマに
というコメントをもらってしまって、ちょっと書く気が失せてしまっていた。が、せっかくコメントもらったのに答えないのは失礼だよなぁ的なことも考えて。
「十年後に懐かしいと思える今を、今のお前が創るんだ!」 - シロクマの屑籠
ここで何か書くとふろむださんに添削してもらえるように、インターネットには良心がいて、クソガキが書いた文章にもそこそこ有名な人がコメントを付けてくれる。ましてや、一本のエントリレベルでコメントがもらえるというのは、天にも昇る心地だった。
しかし、先生。先生は10年間書き続けていたので忘れてしまったのではないでしょうか。インターネットで書いても書いても、「その瞬間瞬間で輝いている人」に勝てないということがあること。ぼくが勝てないと判断したのは、今の自分が今の状態のまま今輝いている人に勝てないということです。そしてそれは当然のことです。
ぼくは、先生が書き続けていた10年間を羨ましいと思ったのです。「インターネットは死んだ」と言う人が知っていた「インターネット」が羨ましいかったのです。あの頃を思い出して懐かしい感じることができないから、悔しいのです。その時ぼくはたしかにインターネットを知っていたのに、インターネットという言葉を知っていたのに、その空気を感じることができなかったことが悔しいのです。そして、それをすることができた同世代が羨ましいのです。
だからこそ、そのインターネットを知っていた同世代のひとりで、ぼくが憧れているid:mizchiさんがコメントをエントリにしてくれるとは思ってもみなかった。
1996年、「僕達のインターネット」を指咥えて見ていた小学生の話 あるいは「真性引きこもり」という現代に生きながらえる呪詛について - mizchi's blog
ぼくは真性さんを今回の一件で知った。しかし、彼は違った。それだけではない。彼は、小学生の頃から憧れていたのだ。ぼくとは違う。
最初に書いたように、ぼくはあの頃の大相撲を知っていた。大学生になってからインターネットを知った俺と同じように、大学生になってから大相撲の魅力の虜になった人(いるのかは知らない)にとって、あの頃の大相撲を知っている俺のことはどれほど羨ましく感じるのだろう。
「朝青龍がまだ平幕で貴乃花に初挑戦したのをYoutubeの動画じゃなくて生で観た」なんて。「魁皇が史上初の5人による優勝決定戦に出たときのことを生で観た」なんて。
それをインターネットの世界に当てはめてみると、自分が嘆いていることがいかに滑稽かよくわかった。過ぎ去ってしまったものはしょうがない。ただ、ぼくが生きているのは現在なんです。この記事を書いて、書いたからにはやはり少し人に読んでもらいたいし、少し「いいね!」されたいし、少しブクマが欲しいし、少しツイートされてほしい。それにはどうしても才能が必要で、どうしても文才が必要なんです。「10年間も待ってられない」んです。
相撲の観戦に才能はいらないと言うだろうか。いや、才能ではなく、どれだけ年数をかけて観てきたかが大事だろう。それだけの取り組みを観てきたかが分かれる点だろう。じゃぁ、10年間続ければ相撲界に詳しくなれるのか。いや、ぼくはそんなことはないと思う。
ぼくは当時を「古き良き大相撲」と冒頭で形容したが、実は当時のぼくは本当の「古き良き大相撲」を観れなかったことを嘆いていたのだった。その本当の「古き良き大相撲」とは、千代の富士が横綱で貴花田・若花田・曙がどんどん成長している時代のことだった。でも、そのときぼくは生まれていないのだから諦めがついた。でも、インターネットは違う。
ぼくはたしかにインターネットの存在は知っていた。でもその実態を知らなかった。そんなことがあるとは思っていなかった。だからこそだ、だからこそ羨み憧れたんだ。でももうそれもどうしようもないことだ。
先生が「さあ、今すぐキーボードを手にとって、やりたいことを精一杯やるんだ!」と仰ってくれた。ぼくはこれからも才能はないけれど書き続ける。いろんな場所で書き続ける。こことはてなブログとはてなダイアリー(読書メモ)で書き続ける。そして、インターネットの良い部分に期待し続ける。
いつか、自分が誰かにとっての魁皇になれるように。そして現在を知っている人に「いやーあの魁皇も昔はブーメランがすぐに戻って来てて大変だったんだよなー今じゃあの右上手だけで圧勝してるけどさー」と言われるように。
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