反原発の運動が盛り上がっていて、Twitter を始めとするソーシャルメディアでも、そうした話題で大いに盛り上がっているのだと、ニュースで報じられていた。
あれだけの人が参加する大きな運動で、ネット上でそうした盛り上がりが生まれるのは当然なのだろうけれど、自分がふだん眺めるTwitter の画面には、原発に関する話題がほとんど登場しない。感覚的に正しいのはTVのニュースで、自分が眺めているネット・・・
続きを読むblog のようなメディアから得られた知名度からお金を得るための手段として、メールマガジンというやりかたは、遠回りしているようで、やはり正解に近いのではないかと思う。
##知名度を換金する
コラムニストが文章で食べていくためのコツというものは、いい文章を量産することではなく、執筆活動を通じて、講演会のような機会への導線を引くことなんだという。
続きを読むhttp://anond.hatelabo.jp/20120808023014
リンク先は、「地方の新聞社は案外活気がある業界なんだよ」という記事。
この記事にはなんとなく共感できるような気がする。病院にはたいてい、その地域の地方新聞が置かれていて、結構多くの同業者が、毎日地方新聞を開いては、自分がフォローしている患者さんが亡くなっていないかどうかをチェックする。
続きを読むhttp://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012080600821
脱原発代表者と8日面会=野田首相が調整、ネット中継も検討
交渉ごとにおいて、「トップが出る」のは禁忌であって、トップが交渉のテーブルに付いたその時点で、たいていは相手の勝利が確定してしまう。政府の側でどれだけの準備をしようが、これは危ない選択だと思う。
続きを読む剣道のルールを変更して、序盤は竹刀、勝敗が明らかでない場合には獲物を木刀に変更、それでも決着がつかなかったら居合道用の模造刀、最後は真剣に、時間の経過とともにより「真剣勝負」に近づくようなやりかたをすると、「武道」を「スポーツ」にした場合の問題が、少しだけ解決するような気がする。
勝負がトーナメント方式で行われるとして、上手な選手がトーナメントを勝ち上がろうと思ったら、序盤のうちからリスクを取っ・・・
続きを読むたぶん何事においてもそうなのだけれど、見るのはたやすく、学ぶのはそれより難しく、学んだ何かを教えることは更に難しい。
教えることにも段階があって、お手本を示し、間違いを指摘することはまだしもやりやすい。お手本どおりにできた誰かを肯定して、「できた」ことを賞賛するのは本当に難しい。
最近久しぶりに、心肺蘇生の講習会に参加した。
続きを読むたとえば交通事故が頻発する交差点があったとして、警察の人たちに状況の改善を求めても、問題の解決は難しい。
警察官は事故を起こしたドライバーを特定することはできるだろうし、再発を防止するために、ドライバーに対する罰則を強化することだってできるかもしれないけれど、交差点の構造自体に問題があれば、運転をするのが人間である以上、事故の確率は変わらない。
同じ状況の解決を、たとえば建築やシステム設計の専・・・
続きを読む「堅苦しい社会にすれば息苦しさからは少なくとも解放的であるということでしょうかね」
https://twitter.com/igi/status/222122501709369345
こんな示唆をいただいて考えたこと。
続きを読む危機対応で大切なのは信頼で、信頼の原則は「嘘をつかない」ことだけれど、「決して嘘をつきません」という宣言を行うと、信頼の破綻リスクを増やしてしまう。
道徳ではなく、商売の話として、「マスメディアは真実を報道し、社説に書かれたことが正義です」というメディアの立ち位置は失敗であったのだと思う。
正義を名乗ることによる利益も大きいのだろうけれど、たとえば「誰もが真実の名を借りて嘘をつきます。我々もま・・・
続きを読む著作権法が改正されて、違法な著作物をダウンロードした人には、刑事処罰がくだされる可能性が出てきた。
実際問題として、法律を作った人や、あるいは警察の人たちには、あの法律を通じて世の中の常識を書き換えてやろうなんて気概はそれほどないのだろうけれど、「違法著作物をダウンロードすれば処罰がくだされる」という、ある意味わかりやすい考えかたが法律になって、警察の人たちはこれから、否応もなく忙しくなるんだろ・・・
続きを読む現実主義の人たちは、目標達成のためには手段を選ばない。
こうした立ち位置には、「そもそも達成可能な目標を選択する。状況に対する見込みが外れたら、目標の変更を厭わない」ことが、前提として必要になってくるのだと思う。
「これ」と定めた目標をいかなるものにも優先する、見込みが外れた瑕疵を無視してかかる「なし崩し」というやりかたは「嘘つき」が好む手段であって、現実主義とは違う。
続きを読む### 改変引用 ###
原子炉の建設のような莫大な予算のかかる議題については誰も理解できないためにあっさり承認が通る一方で、市庁舎の自転車置場の屋根の費用や、果ては福祉委員会の会合の茶菓となると、誰もが口をはさみ始めて議論が延々と紛糾する。
人が集まると、瑣末なことほど議論が紛糾するこの傾向は、FreeBSD のコミュニティでは自転車置場の議論 (bikeshed discussion) と・・・
続きを読む### 引用 ###
1.お客様のお荷物はお客様の責任にて収納をお願いします。客室乗務員は収納の援助をいたしません
2.お客様に対し、従来の航空会社の客室乗務員のような丁寧な言葉遣いを当社客室乗務員に義務付けておりません。客室乗務員の裁量に任せております。安全管理のために時には厳しい口調で注意することもあります
続きを読むhttp://d.hatena.ne.jp/kkbt2/20120528/1338166213
>>マニュアルは本当は、熟達者のためにある。熟達者はマニュアルから引用し、指示を出す。相手の仕事に対しても、マニュアルに従っているかどうかによって、判断を下し、伝える。
>>ディレクターは自ら手を動かして仕事をしてはいけないのだという。彼がやるべきことは指示と判断であり、その際にはマニュアルが必須・・・
続きを読む特に何かを拒絶する、断るという状況において、「理不尽になれること」が大事なのだろうと思う。
たとえば何かの契約を断りたいという場面があった時に、「○○が足りないからお断りします」のような、一見もっともらしい、筋の通った拒絶を行うと、危うい立場に追い込まれてしまう。筋の通った拒絶に対して、拒絶の根拠たる○○を相手に用意されてしまえば、自分の側にはもう、場に出せるカードがなくなってしまう。
相手を・・・
続きを読む休みの間、少し前に発売された「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」という本を読んでいた。本筋たる木村政彦の評伝はもちろん素晴らしかったけれど、明治後半から昭和初期にかけての日本格闘界の描写が興味深かった。
幾つかの格闘漫画に、「幻の柔道競技」のような形容で紹介されていた「高専柔道」の詳解が勉強になった。
続きを読む格闘技というものは本来、一定時間あたりで体内に蓄積できるダメージの総量を競う競技なのだと思う。
ダメージが限界を超えた選手は動けなくなってしまうし、どれだけの攻撃を受けても受け止められるダメージに限界がない、不死身の選手が競技に参加してしまうと、もはや格闘技はゲームとして成り立たなくなってしまう。
ダメージには「与えかた」と「受けかた」とがあって、技術としてそれぞれ確立されている。技術を学んだ・・・
続きを読む何か成功している事例に学んで、成功した何かとは正反対の場所を目指すと、時々うまくいく。
逆転の発想はシンプルに過ぎて、もはや陳腐ではあるけれど、こうしたやりかたの肝は「逆であること」それ自体ではないのだと思う。
成功しようと思ったところで、「成功」という問いは広すぎて、解を探そうにも、どこから手を付ければいいのか分からない。
続きを読むhttp://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/news/20120411-OYT8T00003.htm
被災地の病院復旧を進めるため、特区を作って「規定の9割の人数でも申請を認める」ルールを定めた、という記事。
病院を経営する側から見れば、規定の人数まで人を集めるのは大変で、規制が緩和されることで、施設の運営が少しでも楽になるのかもしれないけれど、この特区で働・・・
続きを読むマニュアル化出来る仕事は、マニュアルが完成すると買い叩かれることになる。仕事が丁寧にできることだとか、あるいはマニュアルをきちんと守れることは「いいこと」だけれど、その良さはお金につながらない。
将来的にマニュアル化が可能な場所において、「マニュアルを守れる人」には未来がない。「マニュアルを作れる人」には、「そこでマニュアルを作った」ことが実績になって、まだしも次につながる可能性がる。
動作を・・・
続きを読む正しい定義とは異なっているかもしれないけれど、「原理主義」の人と、「無宗教」の人とでは、振る舞いが似てくるのではないかと思う。
伝統的な宗教というものは、生活をしていく上では必ず生じるある種の理不尽に対して、諦めるための仕組みを提供する。
努力を投じたのに見合った結果が得られない、あるいはそもそも何もしていないのに、ある日いきなり不幸が降ってくる、世の中にはどうしようもない理不尽がいくつもあっ・・・
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